創造文化論
1 創造性、創造力を文化論として捉えられないか
2 創造都市論が盛んであるが、地域の創造性は地域の文化力によって生まれる
3 例えば、浜松市やと多摩市、富山市などの起業力を創造文化として分析
4 現在、私自身が足場にしている鎌倉市の現況も創造文化として捉える
5 鎌倉アカデミーなどの生まれた土壌、個店の面白さ、暮らしの普遍性など
6 創造文化の形成過程などを抽出
7 創造文化の地域づくりへの展開論
1 創造性、創造力を文化論として捉えられないか
2 創造都市論が盛んであるが、地域の創造性は地域の文化力によって生まれる
3 例えば、浜松市やと多摩市、富山市などの起業力を創造文化として分析
4 現在、私自身が足場にしている鎌倉市の現況も創造文化として捉える
5 鎌倉アカデミーなどの生まれた土壌、個店の面白さ、暮らしの普遍性など
6 創造文化の形成過程などを抽出
7 創造文化の地域づくりへの展開論
文明が進んでいるということは、世の中が良くなっていくことかと思っていると、どうもそうでもないらしいことは、最近の世情がはっきりと伝えてくれる。例えば経済学は社会科学だといわれているが、ノーベル賞を取った学者のレバレッジ(梃子)の理論が儲けだけを考えた複雑な仕組みに使われて、それが現在の世界同時不況の原因になっていると聞くと、驚きあきれてしまう。身の丈を超えた消費行動を促したサブプライムローン問題に端を発した空前の不況から私たちはどう身を守ったらよいのだろうか。旭市を訪れた私には、そんな問題意識があった。答は一つ、アメリカ発の経済破綻が日本をも席巻してしまうグローバル時代だからこそ、よって立つ地域社会を強靭にして身の丈の暮らしを大切にすることである。この信念をしっかり持っていれば、不用意に株や土地に手を出してバブルの波に巻き込まれることはない。この原点を確認するために、今こそ私は世直しのまちづくりが必要なのだと思っている。いや、現代のまちづくりとは、そもそも世直しこそを大きなテーマにしなければならないということだ。そして、旭市を訪れた私は驚いた。その世直しモデルが、すでにこのまちの歴史と現在の姿の中に存在しているのである。旭市の足元に、世界不況を超克する地域モデルが脈々と息づいているという事実は私には感動だった。私は講演の中で、まちづくりの実践手法という話をした。その一つは、“まちづきあい”であるが、市民がとことんまちに触れる(付き合い)と、たくさんのヒントを発見できるということである。旭市の有名な先人に大原幽学がいるが、私は彼こそがこの厳しい時代を乗り切る方法を提示したパイオニアではないかと思っている。彼の教えの先祖株組合や耕地整理、子供を地域で育てる換子教育など過去のものではなく、現在と未来に有効な教えである。農業の教えに自給肥料があるが、まさに現代の自然生態系農業を志向し、地域の自立する経済と文化を指し示している。この幽学の思想が最も生かされている事例は、旭中央病院ではないかと思う。自治体経営の病院が全国で厳しい経営環境の中、確実な経営が行われているのはこの病院の開祖の諸橋芳夫の思想と努力によるが、「医学は文化」と主張する諸橋先生の思想の底に幽学の仁術の思想を重視することは無理のないことである。講演を終えて、椎名洋ラン園を訪ねた。椎名専務の「高価と思われているランを品種改良してより安価なものを一般家庭に提供する、そんな幸せの花作りが目標」という話に、私も幸せを感じていた。講演で訪れた旭市から、私は逆にこの理不尽とも思える時代を、優しく、しかし確かに生きていく哲学を教えてもらった。
何の目的も無しに、ぶらりと旅に出るのは愉しい。内田百聞のように、特急列車に乗ることが旅の目的で、行き先は関係ないという気まま旅もある。しかし、実際にはぶらり旅というのはかなり上級の旅人のやることで、私のような下級者にはそれが出来ない。昨年も何回も旅に出たが、全てがテーマを持った旅だった。無論、目的のある旅にも愉しさがあるが、昨年のものは研究調査という性格で、ある種の厳しさが伴った。私の研究テーマはここ数年、地域経営・地域再生というもので、夕張の経営破綻などがターゲットだ。
秋の終わりに、夕張の町を訪れた。紅葉が夕張では観光の売りになっているが、その季節が終わった風景を、連絡の悪い鉄道の列車の窓から眺めていると一段と侘しさが募る。これがぶらり旅だったら、別の思いが胸を過ぎった違いない。アイヌ語で“温泉の出るところ”という名前らしいホテルに荷を置いて、早速「兵どもが夢の後」の遊園地やロボット館、炭鉱博物館やキネマ館など、かつての辣腕市長・中田鉄次氏が開発した観光施設を視察した。これらの経営が窮地に追い込まれ、今は加森観光という民間企業が代わりに経営している。開発された施設の幾つかが閉鎖され、残された映画村などがオープンしているが、訪れる人影はほとんど無い。観光経営にはまったくの素人だった行政人が補助金を頼りにしゃにむに経営した残滓に胸ふさがれる思いがした。翌日、アポを取っていた市役所の観光課の担当者や、民間組織の観光協会や地元新聞の記者などを訪ねた。観光課には、注目される「産業観光」の可能性などについて訊ねたが、後始末がせいぜいで新しいプロジェクトには個人的な関心でしか関われないと嘆いていた。彼らは、実のところ勝手な研究テーマで訪れる私たちや助っ人を自称する人々に手を焼いているのではあるまいか。そんな思いもするヒヤリングだった。
しかし、私にはある構想がある。破綻した夕張と同じように経営不振にあった常磐炭鉱のいわき市と、宇部興産という企業が存在する宇部市の三都地域経営比較である。いわき市は映画「フラガール」で一躍注目され、宇部興産は最高の事業利益を挙げている。どの町も、観光を柱にしているが、地域の栄枯盛衰の別れ目がどこにあるのか。この地域経営の成功の秘訣を極める旅は、厳しくもまた愉しい体験として、今年も続くであろう。
遠く、潮騒の聞こえる土地で暮らしてみたいものだという思いをずっと持ち続けてきた。それは、私が海沿いの小さな町で育ってきたこともあったが、ルソーの“自然に帰れ”という思想への共鳴に近いものも背景にある。東京に住まうことになって、その自然に帰るという生活とはやむなく離れたものになっていたが、思いは消えなかった。何年か前に、鎌倉の極楽寺を訪ねた折、偶然に小高い丘の斜面の、繁みに隠れるような空地と出会った。その場所から直接、海を望むことは出来なかったが、二階ほどの高みからは可能のようだった。私の耳はまるでコクトーになって、海鳴りの響きを感じていた。思い切って身辺を整理し、その土地を手に入れることが叶った。今年、そこに描いた家が出来上がる。
もう一つの思いが、私の頭の中にあった。『構想博物館』という構想である。人類がこれまで考え、成し遂げてきた様々な“構想”がある。これまでの歴史を創り上げてきたものも、これからの人類の幸せな未来を生み出すものもその構想群に懸かっている。私自身も、国や自治体や企業やNPOなどの組織と一体になって、たくさんの構想を考え、実践してきたという多少の自負がある。構想に関する書籍や膨大な資料を大学の研究室や自身の研究所など数ヶ所に分散して持っている。これらも一つにまとめて、構想研究と実践の拠点を創ることも、私に残された命題だと思っている。その、極楽寺の環境をそのまま“極楽塾”として、理想の『構想博物館』にしたいという大それた思念が今年から実現に移される。
江ノ電の鄙びた駅舎から、極楽塾まで7,8分であるが、途中からうねった細道になって車は入らない。自動車は持たない、携帯電話に携帯されない、コンビニ・ファーストフードには入らない、これらは私のライフウェア(生活作法)であるが、このエココンシャスな生活でも極楽塾では快適なものになろう。地球と地域に余分な負荷を与えない新しいライフステージへの挑戦、すなわち(セカンドライフならぬ)ネクストライフへの挑戦もこれからの大切な実行課題だ。
しばらくは、東京と極楽寺の2重螺旋型生活となる予定だ。次なる人生(ネクストライフ)のカタルシスに向かって、今年、ゆっくりと緞帳が上がっていく。